ジャニーズ事務所の創業者として知られ、日本のエンターテインメント業界に多大な影響を与えたジャニー喜多川さん。彼の家系図を紐解くと、彼の成功の背後にある家族の背景や関係性が見えてきます。
ジャニーズ事務所を創設し、多くのアイドルを育成してきたジャニー喜多川さんは、長きに渡り日本のエンターテインメント界の巨匠であるとされてきました。その中で「スペオキ」という言葉は、彼と特定のタレントとの特別な関係を象徴する言葉として知られています。
今回は、ジャニー喜多川さんの家族構成やその特徴についてや、お墓の場所やスペオキについて詳しく見ていきましょう。
【画像】ジャニー喜多川の家系図が興味深い!
ジャニー喜多川の生い立ちと家族構成
引用元:文春オンライン、東スポWEB
ジャニー喜多川さん(本名:喜多川 諦道)は、1931年にアメリカのロサンゼルスで生まれた日系二世です。私たちの記憶に残るイメージは上記1枚目のキャップにサングラス姿ですが、2枚目のメガネ姿の写真を見ると、私たちの周りにもいるような普通の男性に見えますよね。彼の家族構成は以下の通りです。
父親:喜多川諦道さん
喜多川諦道さんは、真言宗の僧侶であり、布教活動のために世界各地を旅していました。そのため、ジャニー喜多川さんは幼少期をアメリカで過ごすこととなりました。また1946年2月から1948年2月までプロ野球チーム「ゴールドスター」(のち金星スターズ)のマネージャーを務めました。
宗教的背景は、ジャニー喜多川さんの人生において精神的な支えとなったと言われています。
母親:喜多川栄子さん
喜多川栄子さんは、ジャニー喜多川さんが幼い頃に亡くなりました。栄子さんについての情報は多く残されていません。
姉:メリー喜多川さん
メリー喜多川さん(本名:藤島 泰子)は、ジャニーズ事務所の副社長として知られ、ジャニー喜多川さんのビジネスパートナーでもありました。彼女の鋭い経営手腕が事務所の成功に大きく寄与しました。
兄:喜多川真一さん
喜多川真一さんは、アメリカ航空宇宙局(NASA)でアポロ計画に関与していた科学者との噂がありますが真相は定かではありません。ジャニー喜多川さんとは異なる分野で活躍していたのでしょう。
姪:藤島ジュリー景子さん
藤島ジュリー景子さんは、メリー喜多川さんの娘であり、ジャニーズ事務所の後継者であり、前社長として知られています。しかし、ジャニー喜多川さんとの間には確執があったとも言われています。
ジャニー喜多川さんの家系図の特徴
ジャニー喜多川さんの家系図は、宗教的背景やアメリカでの生活、日本への帰国という多様な要素を持っています。彼の家族はそれぞれ異なる分野で才能を発揮しており、その多様性がジャニー喜多川さんの独自の視点や価値観を形成したのかもしれません。
宗教的背景
父親である喜多川諦道さんが真言宗の僧侶であったことから、家族には宗教的な価値観が根付いていました。この精神性が、ジャニー喜多川さんのリーダーシップや信念に影響を与えた可能性があります。
アメリカと日本の文化の融合
アメリカで生まれ育ったジャニー喜多川さんは、異文化を自然に受け入れる環境で育ちました。これが、後に彼がエンターテインメント業界で新しい価値観やスタイルを提案する基盤となったのでしょう。
ジャニー喜多川さんと家族の絆
引用元:文春オンライン 、jiji.com
ジャニー喜多川さんは生涯独身を貫きましたが、家族との絆は非常に深いものでした。特に姉のメリー喜多川さんとは、仕事上でも密接な関係を築きました。メリー喜多川さんの経営能力とジャニー喜多川さんの創造性が合わさり、ジャニーズ事務所は大きな成功を収めました。
一方で、姪の藤島ジュリー景子さんとの関係には、世代間のギャップや価値観の違いがあったと言われています。こうした複雑な家族関係もまた、ジャニー喜多川さんの人間性を形成する一部であったと考えられます。
ジャニー喜多川のお墓はどこ?
引用元:週刊女性PRIME、サイゾーウーマン
ジャニー喜多川さんのお墓は、和歌山県北部に位置する高野山の奥之院にあります。この場所は、真言宗の聖地として知られており、日本国内外から多くの参拝者が訪れる歴史的な場所です。
高野山と奥之院について
高野山は、弘法大師空海によって開かれた真言宗の総本山であり、日本仏教の重要な拠点の一つです。その中でも奥之院は、空海が眠るとされる神聖な地で、多くの著名人のお墓や記念碑が並ぶ場所としても知られています。ジャニー喜多川さんのお墓がここにあるのは、彼の父である喜多川諦道さんが真言宗の僧侶として活動していたことが深く関係しています。
喜多川家之墓
ジャニー喜多川さんのお墓は、父親の喜多川諦道さんが修行した普賢院が管理する墓所の一角にあります。墓石には“喜多川家之墓”と刻まれており、周囲の自然と調和するように静かに佇んでいます。そして隣にはメリー喜多川さんのお墓もあります。この場所は、訪れる人々に安らぎを与えるとともに、彼の生涯と功績を偲ぶ特別な空間となっています。
お墓へのアクセス方法
引用元:サイゾーウーマン
高野山へのアクセスは比較的便利で、公共交通機関を利用することで訪れることができます。
電車とバスの利用
高野山への最寄り駅は南海電鉄の高野山駅です。大阪や和歌山市から南海電鉄を利用してアクセスすることができます。高野山駅から奥之院までは、バスを利用するのが一般的です。バスは高頻度で運行されており、終点の奥之院口から徒歩でお墓に向かいます。
車でのアクセス
車を利用する場合は、駐車場が整備されているため、比較的スムーズに訪れることができます。ただし、山道が多いため、運転には十分注意が必要です。
参拝時の注意点
ジャニー喜多川さんのお墓を訪れる際には、いくつかのマナーや注意点を守ることが大切です。
静かな参拝
奥之院は、静寂と神聖さを保つ場所です。参拝時には、他の参拝者や周囲の環境に配慮し、静かに手を合わせることを心がけましょう。
写真撮影のマナー
墓所での写真撮影は控えるか、他の参拝者や管理者に許可を取ることが望ましいです。特に、お墓を個人的な目的で撮影することは慎むべきです。
歩きやすい服装での訪問
奥之院は広範囲にわたるエリアであり、歩く時間が長くなることが多いです。歩きやすい靴や服装で訪れることをおすすめします。
【画像】ジャニー喜多川のスペオキは誰?
スペオキとは何?
スペオキは「スペシャルお気に入り」の略で、ジャニー喜多川さんが特に目をかけたタレントを指します。彼が見出した多くのタレントの中でも、特に特別な才能や魅力を持つ人物がスペオキとして認識されてきました。この関係性は、ジャニーズ事務所内で独特の文化を形成してきました。
スペオキに選ばれる条件
スペオキに選ばれるためには、次のような特徴や資質が求められることが多いです。
- 美少年のルックス 多くのスペオキは、ジャニー喜多川さんの美的感覚に合致する王子様のような容姿を持っています。
- 若さ スペオキに選ばれるタレントは10代であることが多く、若さゆえの可能性が重視されました。
- 才能と個性 目立つ才能や独自の個性が、ジャニー喜多川さんの目に留まる要因となります。
過去のスペオキの例
引用元:ORICONNEWS、家庭画報、ORICONNEWS
堂本剛さんや松本潤さん、平野紫耀さんなどがスペオキの代表的な例として挙げられます。彼らはジャニー喜多川さんから直接的な指導やサポートを受けたとされ、そのキャリアの早い段階で大きな注目を浴びました。
松本潤さんのケース
嵐のメンバーである松本潤さんはデビュー後も数多くのドラマや映画に出演し、その演技力とカリスマ性で多くのファンを魅了しています。
平野紫耀さんのケース
平野紫耀さんは、ジャニーズ事務所に入所してからわずか2ヶ月で海外遠征に参加するなど、早期に注目を浴びました。平野紫耀さんの特別な才能とジャニー喜多川さんのサポートが、彼の成功を後押ししたと言われています。
スペオキの文化と影響
ジャニーズ事務所内でのスペオキ文化は、他の事務所とは一線を画すものでした。スペオキは、ジャニー喜多川さんの個人的なサポートや待遇を受けることで、事務所内で特別な地位を築いてきました。
ジャニー喜多川さんの特別なサポート
スペオキに選ばれたタレントは、次のような特別な待遇を受けることが多かったです。
- 個別指導 ジャニー喜多川さんは、スペオキに対して個別に演技やパフォーマンスの指導を行いました。
- プレゼントや訪問 プレゼントを贈る、個別に会いに行くなど、タレントとの親密な関係を築いていました。
- 早期デビューや重要なプロジェクトへの参加 スペオキとして選ばれたタレントは、通常より早くデビューし、重要なプロジェクトに抜擢されることが多かったです。
事務所内での影響
スペオキに選ばれることは、事務所内での地位を高めるだけでなく、他のタレントに対しても影響を与えました。
- 競争と友情 スペオキという特別な地位が、事務所内での競争を生む一方で、友情や連帯感を強める要因ともなりました。
- ファンの注目 スペオキに選ばれたタレントは、ファンからの注目を集めやすくなり、その人気がさらに高まる傾向にありました。
ジャニー喜多川のプロフィール・受賞歴
引用元:文春オンライン
プロフィール
- 名前:ジャニー喜多川(じゃにーきたがわ)
- 本名: (日本名)喜多川 擴(きたがわ ひろむ)
(英語名)ジョン・ヒロム・キタガワ(John Hiromu Kitagawa) - 生年月日:1931年10月23日
- 年齢:2019年7月9日(87歳没)
- 出身地:アメリカ合衆国
- 職業:実業家、芸能プロモーター、音楽プロデューサー
- 所属事務所:ジャニーズ事務所
受賞歴
- 2003年第28回菊田一夫演劇賞「特別賞」受賞。
※ただし、性加害問題を受けて2023年10月18日に受賞は取り消された。 - 2019年第61回日本レコード大賞「特別音楽文化賞」受賞。
没後に追贈された。
※ただし、性加害問題を受けて2023年10月13日に受賞は取り消され、管轄の日本作曲家協会ホームページからも削除された。
※いずれも受賞が取り消されたのは初の事例。
ギネス世界記録について
- 2011年ギネス・ワールド・レコーズが「最も多くのナンバーワン・シングルをプロデュースした人物」と「最も多くのコンサートをプロデュースした人物」に認定された。
- 2012年「最も多くのチャート1位アーティストを生み出したプロデューサー」として3つ目のギネス認定を受けた。
- ギネスワールドレコーズは2023年9月6日にこれらの記録を公式サイトで非公開とした。記録自体は残っており、記録の抹消については「該当者が有罪となった際に精査する」としている。
※ただし、喜多川さんは2019年に死去しているため、仮に検察が公訴したとしても刑事訴訟法第339条により棄却される。