【画像】出川哲朗の家系図がすごい!妻はどんな人で馴れ初めは?年収はいくら?

「ヤバいよヤバいよ!」や、「ワイ?(Why?)」と言いながら両手を挙げるリアクション。お茶の間で見ない日はないほど、その独特な表現力と体を張ったリアクション芸で、唯一無二のポジションを築いてきた出川哲朗さん。

第一線で活躍し続けている出川哲朗さんは、芸に対する真摯な姿勢と、見る人を笑顔にしたいという揺るぎない信念が根底にあります。どんな無茶振りにも全力で応える姿勢は、テレビの枠を超えて多くの人々の心をつかんできました。

2011年にはNHK教育『大!天才てれびくん』で初めて司会を担当。子ども番組でもその明るさと親しみやすさを発揮、その後も、テレビ東京系列バラエティ番組『出川哲朗の充電させてもらえませんか?』や日本テレビ系列『世界の果てまでイッテQ!』など、多数の人気番組に出演し、幅広い世代から愛される存在となっています。

今回は、そんな出川哲朗さんの現在の活躍に加え、あまり知られていない家系やルーツにもスポットを当てながら、その人柄や魅力を深掘りしていきます。どうぞ最後までお楽しみください。

目次

【画像】出川哲朗の家系図がすごい!

筆者作成

出川哲朗(でがわ てつろう)さんは、1964年2月13日、神奈川県横浜市生まれです。(2025年8月 現在61歳)愛称は「てっちゃん」です。

リアクション芸人として、体を張った笑いで、すっかりお茶の間の人気者となった出川哲朗さん。バラエティで見せる飾らない姿からは想像もつきませんが、出川哲朗さんの家系は“超”がつくほどの華麗なる一族です。

1894年創業という、明治時代から続く老舗海苔問屋『つた金海苔店(株式会社蔦金商店)』の由緒ある商家の三兄弟の末っ子として生まれたのが、出川哲朗さんです。現在は兄の出川雄一郎さんが社長を務めており、かつて出川哲朗さん自身も取締役として経営に関わっていたことがあるといいます。

さらに、血筋には、曾祖父の実業家で政治家でもあった三鬼鑑太郎(みき かんたろう)さん、大伯父には、大手鉄鋼メーカー八幡製鐵所(現・日本製鉄株式会社)の初代社長・三鬼隆(みき たかし)さん、さらには伝説的女優・原節子さんが母方の遠縁にあたるといいます。

そんな華やかな家系に生まれながら、芸人という道を選び笑いを届け続ける出川哲朗さん。今回は、そんな出川哲朗さんの意外すぎる家系と、知られざるルーツを深掘りし、現在に至るまでの歩みをじっくりと紐解いていきたいと思います!

出川哲朗の<家族構成・家系図>

大伯父:三鬼 隆

引用元:ウィキペディア

実業家・三鬼 隆(みき たかし)さんは1892年1月14日岩手県盛岡市生まれ、1952年4月9日に61歳で逝去されました。出川哲朗さんの大伯父にあたり、八幡製鐵(現:日本製鉄)初代社長を務めた人物です。

1917年(大正6)、東京帝国大学(現在の東京大学)を卒業後、田中鉱山東京本社(のちの日本製鉄の源流企業のひとつ)に入社。今でこそ当たり前となった、企業が従業員やその家族に賞与以外のサポートを行う『福利厚生』制度。その礎を築いた人物のひとりこそ、三鬼隆さんです。彼の真摯な思いと行動力は、多くの人々から長く愛され続けたといいます。

当時、配属先では劣悪な労働環境や、従業員と管理者の間に深い溝があったといいます。そこで三鬼隆さんは「この職場を改善し、より良くしたい」と考え、1920年2月に「真道会」という工場委員会を設立します。

その活動は、ただの職場改善にとどまらず、社員全員で楽しめる大運動会や、従業員の子どもたちのための学校設立、休憩所への洗面所設置、水泳場や理髪室の整備、さらには文化サークルの立ち上げまで。当時としては画期的な取り組みを次々に実現し、社員だけでなくその家族の生活まで豊かにしたといいます。

その功績が評価され、1950年(昭和25)にはGHQによる財閥解体を経て八幡製鐵(現:日本製鉄)の初代社長に就任。経営者としても高い評価を受けました。

しかし、さらなる活躍が期待されていた1952年、日本航空『もく星号』の墜落事故により61歳という若さで急逝。その志半ばでの別れは、日本財界に大きな衝撃を与えました。

出川哲朗さんの誠実さや、人に寄り添う温かい雰囲気は、もしかすると大伯父である三鬼隆さんから受け継がれたものかもしれません。厳しさと優しさを併せ持ち、常に「人を思う」姿勢を貫いた三鬼隆さん。その生き様は、出川哲朗さんが笑いの中にも誠実さを感じさせる理由の一つなのかもしれません。

父:出川 誠一郎

引用元:マネーポストWEB

出川誠一郎(でがわ せいいちろう)さんは出川哲朗さんのにあたります。58歳で逝去されました。

出川哲朗さんの父・出川誠一郎さんは、波乱に満ちた人生を歩んだ人物だといいます。ひと言で表すなら、「型破りで愛される経営者」だったのかもしれません。出川誠一郎さんは、若くして父親を亡くし、わずか28歳で老舗『蔦金商店』の経営を引き継ぎ、海苔の養殖で大きな成功を収め事業を拡大していきました。

しかし、1970年代に入ると結婚式の引き出物やドイツ製ストッキングの輸入、さらにはクラブの経営など、多くのサイドビジネスに手を出すようになり、その一方で交友関係も派手になり、経営は妻・出川泰子さんに任せきりになっていったといいます。

出川哲朗さんは、当時の父・出川誠一郎さんの印象をこう語っていました。

「たまにしかしゃべれない。親父が帰ってきたというよりも、親戚のおじさんが帰って来たみたいな感じ」

引用元:Smart FLASH

と振り返り、幼い頃の出川哲朗さんにとって、父・出川誠一郎さんはどこか遠い存在だったことが伺えます。家庭よりも仕事や社交の場を優先していた父に対し、親子の時間はごくわずかで、まるで「親戚のおじさん」のような距離感を感じていたのでしょう。

やがて小豆の先物取引に失敗し、会社は経営危機に。1981年には倒産寸前にまで追い込まれましたが、出川誠一郎さんが社長を退任することで銀行からの融資を得て、なんとか持ちこたえることができました。この頃から家に帰らなくなったといいます。

数年後、糖尿病を患ったことをきっかけに、再び妻・出川泰子さんの元へ戻った出川誠一郎さん。その後、58歳でこの世を去った出川誠一郎さんの葬儀には、1000人以上が参列したといいます。

事業の失敗や家庭とのすれ違いがあったとしても、出川誠一郎さんは人とのつながりを何よりも大切にし、不思議と誰からも憎まれない魅力を持っていたようです。

その人間味あふれる姿勢は、今の出川哲朗さんにもどこか通じるものがあり、家族にとっても、簡単には語り尽くせない存在だったことでしょう。出川誠一郎さんの人生は、まさに「型破りで愛される経営者」そのものだったのではないのでしょうか。

母:出川 恭子

引用元:マネーポストWEB

出川恭子(でがわ やすこ)さんは出川哲朗さんのにあたります。2011年8月、76歳で逝去されました。

出川哲朗さんの母・出川泰子さんは、芯の強さと深い優しさを併せ持った、まさに“肝っ玉母さん”のような女性でした。家業の海苔問屋「蔦金商店」が経営難に陥った際には、夫・出川誠一郎さんに代わって店を切り盛りし、家族と従業員を支え抜いたといいます。その姿からは、家庭を守る母であると同時に、一人の経営者としてのたくましさもうかがえます。

また、当時、息子の出川哲朗さんが、「抱かれたくない男」第1位に選ばれるなど、世間からは冷たい目を向けられることも少なくありませんでした。彼自身、「歩いているだけなのに、物を投げられたこともあった」と振り返るように、嘲笑や誹謗中傷を浴びる日々が続いたといいます。

その風当たりは、本人だけでなくお店や家族、親族にまで及んだといいます。実家の海苔を買いに来るお客さんが「“何だ、出川の家ののりか。恥ずかしいな”や“横浜の恥”など、兄に聞こえるように言って帰るお客さんもいた」と明かしています。

出川哲朗さんは母・出川泰子さんに対して「母ちゃんに“ごめん。抱かれたくない1位とか、家族すら恥ずかしいと思うからごめん”」と謝罪し、そんな出川哲朗さんに、出川泰子さんは迷いなくこう返したといいます。

「“哲ちゃん、何言ってるんだ。どんなジャンルだろうが、日本一になることはすごいことなんだから。胸を張れ”って言われた」

引用元:スポニチSponichi Annex

その言葉に、自身の進む道は間違ってないと確信した出川哲朗さんは、「みじめな思いをしようが、何しようが、みんなに笑ってもらいたいなと思って」と決意を固めたといいいます。

その後、2011年、肝臓がんから併発した肺炎のため、出川泰子さんは都内の病院で息を引き取りました。葬儀には『ウッチャンナンチャン』の内村光良さんら約300人が参列したといいます。

世間からの厳しい声にも動じず、どんなときも「あなたはあなたのままでいい」と背中を押し続けた母の言葉は、出川哲朗さんの人生に深く刻まれているように感じます。出川泰子さんの存在は、今も出川哲朗さんの笑顔の奥に、そしてその飾らない言葉のひとつひとつに、生き続けているのではないのでしょうか。

兄: 雄一郎

引用元:お笑いナタリー

蔦金商店代表取締役社長・出川 雄一郎(でがわ ゆういちろう)さんは1959年神奈川県横浜市生まれ、66歳(2025年8月現在)、出川哲朗さんのにあたります。

出川哲朗さんの4歳年上の兄、出川雄一郎さんは、老舗海苔専門店『蔦金商店』5代目社長として、長年にわたり家業を守り続けてきた頼れる存在です。芸能界で活躍する弟とは違い、表舞台に立つことは少ないものの、家族や伝統を支えるその姿には、堅実で真摯な人柄がにじんでいます。

創業131年という歴史を背負い、日々店を切り盛りする出川雄一郎さん。お店に訪れると、至るところに貼られた出川哲朗さんのポスターや、商品パッケージにプリントされた弟の笑顔が目に入ります。それは単なる宣伝ではなく、家族で支え合ってきた歴史と店への誇りを表すもののように感じられます。

2025年4月放送のTBS系『アッコにおまかせ!』に出演した出川哲朗さんは、『蔦金商店』の海苔についてこう語っていました。

「芸能界一のグルメ、タモさんが珍しく『てっちゃんのところの家の海苔は本当においしい』って」

引用元:日刊スポーツ

と語り、タモリさんおすすめであることを話すと共演者は「ええええ」と声をそろえスタジオは驚きと感嘆の声に包まれたといいます。

芸能界一のグルメと評されるタモリさんが認める味。その背景には、兄の出川雄一郎さんの地道で泥臭い努力があるに違いありません。

華やかな舞台に立つ弟の陰で、表には見えない仕事を黙々と続けてきた出川雄一郎さん。こうした存在があってこそ、家族の絆も、老舗の暖簾(のれん)も、誇りを持って受け継がれていくのだと感じさせられます。

姉:峰子

引用元:マネーポストWEB

出川哲朗さんには、1歳年上の姉・峰子さんがいます。一般の方であるため、名前や年齢、写真など詳しいプロフィールは公にはされていませんが、家族とのエピソードから、その人となりが垣間見えます。出川哲朗さんが幼い頃、家族の誰よりも大きな存在だったのが、姉の峰子さんだったそうです。

出川哲朗さんが幼少のころ、姉の峰子さんにべったりの甘えん坊。「お姉たん、お姉たん」と後をついてまわり、いつもそばにいたといいます。幼稚園への送り迎えのとき、配送車で送り届けられると、園の入り口まで歩くのが面倒だった出川哲朗さんは、いつも「お姉たん、おんぶ!」と頼み、峰子さんが背負って坂をのぼって甘えていたといいます。

テレビで見せる出川哲朗さんの愛嬌や人懐っこさのルーツには、姉の峰子さんとの温かな関係があるのではないのでしょうか。目立つことはなくても、家族を陰から支える芯のある女性。峰子さんの存在は、出川哲朗さんの優しさや人を思いやる原点ともいえるのかもしれません。

妻:阿部 瑠理子

引用元:日刊スポーツ

阿部瑠理子さんは、出川哲朗さんので、結婚前はモデルやレースクイーンとして活躍をされていた方です。年齢や詳しいプロフィールは公表されていませんが、過去には『全日本GT選手権』のレースクイーンを務めるなど、華やかな世界で活躍されていたといいます。

結婚後は、公の場に姿を見せる機会が少なくなり、芸能活動も控えるようになりましたが、その分、家庭を大切にし、夫を支える立場に回ったと考えられます。

2016年10月、出川哲朗さんはフジテレビ系『ボクらの時代』に、親交の深いお笑い芸人のキャイ~ン・天野ひろゆきさん、千秋さんとともに出演。そこで阿部瑠理子さんとの夫婦生活について語っています。

出川哲朗さんは、阿部瑠理子さんから「クソ哲」と呼ばれていることや、自身のいびきが原因で寝室を別にされていることを告白。それでも「すごく仲が良い」と夫婦仲の良好さを明かし、「寝ていたら隣の部屋から『クソ哲起きろー。遊ぶぞ遊ぶぞ』と起こしに来る。それはかわいいじゃない」と笑顔で話していました。

さらに、天野ひろゆきさんから「“夫婦の営み”なんかもしないといけないじゃない」と話を振られると、「ここ10年チューしてないねチューしてないね」と告白。「たぶん数えたら上島竜兵のほうがチューしている」と、ダチョウ倶楽部・上島竜兵さんとのキスの回数の方が多いと語り周囲の笑いを誘ったといいます。

このエピソードからもわかるように、阿部瑠理子さんと出川哲朗さんの夫婦は、長年連れ添っても変わらない温かさに包まれています。日常のやり取りからは、お互いを思いやる気持ちと、肩ひじ張らない自然な関係が感じられます。派手さはなくとも、二人の暮らしにはいつも笑顔があり、穏やかな時間が静かに流れていることが伝わってきます。

出川哲朗の学歴・経歴

出川哲朗さんの幼少期は、まさに「おぼっちゃま」という言葉がぴったりだったようです。幼稚園には高級車で送迎され、専属のお手伝いさんまでいたといいます。

2018年1月放送のTBS系『A-Studio』に出演した際には、実家が営む海苔問屋について語り、番組では勤続63年の従業員・杉山さんにも取材。

司会の笑福亭鶴瓶さんは、「(従業員の)杉山さんが言うにはね、『小ちゃかったんだよ~お母さんが心配するくらい。リュックをかけてあげたらひっくり返っちゃったくらい』と笑てんねやけど」と、幼少期の微笑ましいエピソードを紹介していました。

こうしたエピソードからも、出川哲朗さんが愛情いっぱいに育てられてきたことがうかがえます。

  • 小学: 横浜市立幸ヶ谷小学校
  • 中学:横浜市立栗田谷中学校
  • 高校:私立武相高等学校
  • 専門学校: 横浜放送映画専門学院(現:日本映画学校)演劇科卒業

中学時代は水泳部に所属し、高校時代は軟式野球部で左打ちの選手として活動していたといいます。高等学校の後輩とには、オリックス・ブルーウェーブ元プロ野球選手パンチ佐藤さんやお笑い芸人・インパルスの堤下敦さんがいるそうです。

高校時代の出川哲朗さんは自ら「ヤンキーだった」と語っており、当時のあだ名は「キレたナイフ」。そのユニークなキャラクターと存在感は、学生時代からすでに周囲の印象に強く残っていたようです。

さらに横浜放送映画専門学院(現:日本映画学校)演劇科を卒業。本格的に芸能の道へ進み、幼少期から青年期にかけて培われた豊かな人間性と経験が、後の独特なキャラクターと愛される人柄につながっているのでしょう。

またその後の経歴は以下になります。

  • 第13回ビートたけしのお笑いウルトラクイズ 優勝(1993年)
  • さんまのナンでもダービー第6回ダービー池テレビ朝日杯 優勝(1996年)
  • 『an・an』嫌いな男ランキング1位(殿堂入り)(2001年-2005年)
  • 第36回ベストジーニスト 協議会選出部門(2019年)

『an・an』『嫌いな男ランキング』で1位を獲得し殿堂入りしたことは、嫌われ役を笑いに変え、むしろ好感度を高めてしまうという稀有な才能は、芸能界でも極めて貴重な存在といえるでしょう。

世間からの評価を逆手に取り、それをキャラクターとして確立する力こそ、長年愛され続ける理由の一つです。自分らしさを貫くスタイルは、多くの人に勇気や元気を与え、単なるバラエティタレントにとどまらず、時代に合わせて新しい魅力を発信し続けるエンターテイナーであり、その功績は今後も語り継がれていくのではないでしょうか。

ギモンくん

出川哲朗さんの趣味って映画鑑賞って聞いたけど、どんな映画が好きなんだろう?

カイケツさん

好きな映画は『ローマの休日』、『ゴッドファーザー』、『グリース』、『男はつらいよ』みたいだよ。特に『グリース』は学生時代に付き合ってた彼女と初めて観た映画で、すごく思い入れがあるらしいよ。さらに、芸能界を目指した理由のひとつが、『男はつらいよ』に出演したかったからみたいだよ!

【画像】出川哲朗の妻はどんな人で馴れ初めは?年収はいくら?

出川哲朗の妻はどんな人で馴れ初めは?

引用元:日刊スポーツ

出川哲朗さんの妻・阿部瑠理子さんは、結婚前にモデルやレースクイーンとして活躍していた華やかな経歴の持ち主です。当時「嫌われキャラ」として知られていた出川哲朗さんとの結婚は、まさに世間を驚かせる出来事でした。

二人の関係が初めて世間に知られたのは、2003年9月。写真週刊誌が、仲睦まじいツーショットとともに熱愛を大きく報じました。

当時の出川哲朗さんは『嫌いな男ランキング』『結婚したくない男ランキング』『抱かれたくない男ランキング』で何年も連続1位を獲得し、特に女性人気は低く、恋愛や結婚とは縁遠いと思われていただけに、この報道は多くの人を驚かせました。

そして2004年4月、出川哲朗さんと阿部瑠理子さんはゴールイン。プロポーズはテレビ朝日系バラエティ番組『ロンドンハーツ』が全面協力し、推定5,000万円もの制作費をかけてイタリア・ローマでロケを敢行。その一部始終が全国ネットで放送され、大きな話題となりました。

この結婚は、出川哲朗さんにとって大きな転機となり、“嫌われキャラ”から、愛されるタレントへとイメージを変えるきっかけの一つだったのかもしれません。阿部瑠理子さんは、表舞台に立つことは少ないものの、出川哲朗さんの人生と笑顔を支える大きな存在なのではないのでしょうか。

出川哲朗の年収はいくら?

引用元:デイリー

かつて女性誌の『抱かれたくない男』ランキングの常連だった出川哲朗さん。しかし、体を張ったリアクション芸や飾らない人柄が徐々に視聴者の心をつかみ、今では好感度タレントとして不動の地位を築いています。

冠番組を含むレギュラーは増え続け、人気は今も高値安定。そんな出川哲朗さんの年収がどのくらいなのか、気になる人も多いはずです。

2023年6月に放送された関西テレビ『おかべろ』では、MCの岡村隆史さんが出川哲朗さんの年収予想を「俺(の予想)はね、8億円!」と大胆発言。しかし出川哲朗さんはすぐさま「その何十分の一よ、この男とは単価が違うんだから!」と笑いながら否定しました。

それでも、最近は金払いが良いというエピソードも飛び出し、スタジオは「やっぱり稼いでいるのでは?」と盛り上がります。

実際、2023年時点で出川哲朗さんはテレビ東京系列『充電させてもらえませんか?』や日本テレビ系列『世界の果てまでイッテQ!』など、テレビのレギュラー6本を抱えており、さらに『ソフトバンク』『永谷園』など大手企業9社のCMにも出演。単価や出演本数を考えれば、年収は数千万円から1億円を超えていても不思議ではありません。

公表はされていませんが、これだけの仕事量と人気を誇る出川哲朗さんの収入は、芸能界でもトップクラスに入る可能性が高いでしょう。長年の努力と信頼、そして今の安定した活躍が豊かな報酬につながっているのではないのでしょうか。

出川哲朗のプロフィール・SNS

引用元:NEWSポストセブン

プロフィール

  • 名前:出川 哲朗(でがわ てつろう)
  • 生年月日:1964年2月13日
  • 年齢:61歳(2025年8月現在)
  • 出身地:神奈川県横浜市
  • 血液型:B型
  • 趣味:ゴルフ・野球観戦・映画鑑賞
  • 特技:ヌンチャクだるま落とし
  • 所属事務所:マセキ芸能社

SNS

ギモンくん

周囲から好かれる出川哲朗さんって、交友関係はどんな人がいるの?

カイケツさん

専門学校の同級生だった『ウッチャンナンチャン』や、『さまぁ〜ず』の二人とも仲がいいみたいだよ。三村さんのことは『三村っち』、大竹さんのことは『竹ちゃん』って呼んでて、一緒に共演することも多いみたい。『ロッチ』の中岡さんとは頻繁に神宮球場に野球観戦に行ったり、プライベートでもずっと一緒に行動するほど仲良しらしいよ!

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