二代目尾上松也さんといえば、“梨園のプリンス”と言われ、歌舞伎にとどまらず、ミュージカルやドラマでも幅広く活躍する実力派として知られています。その華々しいキャリアの始まりは、わずか5歳で立った歌舞伎座の舞台。父・六代目尾上松助さんの襲名披露にあわせて『伽羅先代萩』の鶴千代役を演じ、華々しく初舞台を飾りました。
以降は、父の芸を受け継ぎながらも独自の道を切り拓き、ミュージカル『エリザベート』や『ショウ・マスト・ゴー・オン』で圧倒的な表現力を発揮し、ドラマでも『ミステリと言う勿れ』、『やんごとなき一族』などで存在感を発揮。歌舞伎俳優という枠を超えた、まさに“現代的な表現者”といえる存在です。
多才で努力を惜しまない二代目尾上松也さん。その背景には、由緒ある家系と、受け継がれてきた確かな芸があります。今回は、そんな尾上松也さんの家系図をたどりながら、そのルーツと現在の活動を深掘りしていきます。どうぞ最後までお付き合いください!
【画像】尾上松也の家系図がすごい!
筆者作成
二代目尾上松也さんは、1985年1月30日生まれ(2025年7月 現在40歳)。父は六代目尾上松助さん、母は元新派女優の河合盛恵さん、そして妹は新派女優の春本由香さんとまさに芸能一家の中で育ちました。さらに、叔父には初代 大谷桂三さんという名優もおり、名門ともいえる家系のもと、舞台の世界に親しみながら育ちました。
そんな二代目尾上松也さんですが、近年ではテレビドラマやバラエティ番組への出演も多く、「実は歌舞伎役者だったの?」と驚かれることも少なくありません。
確かにメディアでの露出が増えている一方で、舞台では高い表現力を見せており、『人情噺 文七元結』では長兵衛の娘・お七役を、『児雷也豪傑譚話』ではお辰役を演じるなど、父・六代目尾上松助さんが所属していた『菊五郎劇団』で数々の女形を務めてきました。
また、気品を感じさせる端正な顔立ちと、深く通る美声を活かした情感あふれる演技には定評があり、観客を惹きつける存在感はまさに唯一無二。どんな役柄にも真摯に向き合い、伝統に根ざしながらも今の時代に合った表現を模索し続ける姿勢は、多くのファンに支持されている理由のひとつでしょう。
今回は、そんな二代目尾上松也さんの魅力に迫るべく、彼の家系図に注目し、華やかなルーツや芸に向き合う姿勢、そして現在に至るまでの歩みをじっくりと紐解いていきたいと思います!
尾上松也の<家族構成・家系図>
祖父:春本 泰男
新派俳優・春本 泰男(はるもと やすお)さんは1912年6月2日大阪府大阪市生まれ、本名は井上 喜吉(いのうえ よしきち)2001年2月19日に88歳で逝去されました。二代目 尾上松也さんの祖父にあたります。
春本泰男さんは、新派の名脇役として知られ、晩年まで舞台や映画の第一線で活躍し続けた俳優です。その芸歴は非常に長く、多彩で、まさに一生を芸に捧げた人物といえるでしょう。
幼くして市川蝦四郎に入門し、子役として初舞台を踏みます。1920年(大正9年)、わずか8歳で『日活関西撮影所』に入社し、『市川小蝦(いちかわ こえび)』の名で映画界デビュー。その後、9歳で名監督・牧野省三のもとに身を寄せ、『牧野教育映画製作所』に参加。1922年の主演作『豪傑の一夜』では、若くして演技力の高さを示し頭角を現します。
さらに、「マキノ潔(まきの きよし)」を名乗り、『マキノ・プロダクション』に所属。マキノ登六らとともに『マキノ青年派』を結成し、数々の映画に出演しました。その後も「春本 喜好」の芸名を経て、新派の舞台に本格的に取り組み、名脇役として新派狂言の要とも言える存在となります。
生涯で120本以上の映画に出演し、特に脇役として作品に深みと説得力を与える存在感は群を抜いていたと言われています。2001年2月19日、転移性肝がんのため88歳でこの世を去りましたが、その遺した作品と演技は、今も多くの観客の心に生き続けています。その生涯は、時代を超えて語り継がれるべき、真の職人俳優の歩みといえるでしょう。
父:六代目 尾上松助
引用元:Kabuki
歌舞伎役者・六代目尾上松助(ろくだいめ おのえ まつすけ)さんは1946年7月13日東京都生まれ、本名は井上真一(いのうえ しんいち)、2005年12月26日に59歳で逝去されました。二代目尾上松也さんの父にあたります。
六代目尾上松助さんは歌舞伎の名門の家に生まれたわけではなく、地道に実力を積み重ね、役者としての信頼と評価を勝ち取っていった、まさに努力の人でした。
歌舞伎の名優『二代目 尾上松緑』のもとで修業を重ね、尾上松緑さんの逝去後は現・七代目 尾上菊五郎を支える劇団の中核として活躍しました。その堂々とした姿や凛とした声、そして舞台に立つ表情には、新派の名優だった父・春本泰男さんの面影も感じられ、多くの観客を魅了してきました。
さらに、1998年には演技力が評価され、『眞山青果賞』を受賞。病により一時舞台を離れるものの、復帰作となった『児雷也豪傑譚話(じらいやごうけつものがたり)』では、見事に千秋楽まで演じ切り、舞台への強い情熱と覚悟を貫きました。しかし、その翌年、惜しまれながらこの世を去ることとなります。
そんな父を20歳という若さで亡くした二代目尾上松也さんは、突然、一門の大黒柱を背負うことになります。テレビのインタビューでは自身の胸の内を明かしていました。
「今までは父親がいなくなるのは、自分の中では大きかった。ほかにもたくさんのお家柄のある方がいらっしゃるから、自分の家柄はとうてい太刀打ちできない。そこを打破するためには、自分がなんとかしないといけない」
引用元:テレ朝POST
と、当時の覚悟を語っています。家柄という後ろ盾のない中で、一門を守り、歌舞伎の伝統を受け継ぐことの重圧は計り知れません。
さらに、「お弟子さんに師匠として教えてあげられることはない。(むしろ)教えてもらいたいくらいだった」と当時を振り返り、戸惑いや不安も多かった明かしています。
それでも二代目尾上松也さんは、歌舞伎という父の名を継ぐだけにとどまらず、ドラマやミュージカル、メディア出演など多彩な場で輝きを放つ存在に成長しています。伝統を大切にしながらも、自分らしい表現を探し続けるその姿には、しなやかさと芯の強さが共に感じられる、時代に寄り添う新しい魅力があふれています。
父の志を胸に、次の時代を切り開いていく二代目尾上松也さんの今後に、ますます目が離せません。
母:河合盛恵
引用元:NEWSポストセブン
元新派女優・河合盛恵(かわい もりえ)さんは1956年9月14日神奈川県生まれ、69歳(2025年7月現在)、二代目尾上松也さんの母にあたります。
高校卒業後、女優として活動を始めた河合盛恵さん。1985年にはNHK大河ドラマ『春の波涛』への出演も決まり、まさにこれから、というタイミングで、当時交際していた歌舞伎俳優・六代目尾上松助さんとの間に子どもを授かっていることが判明。妊娠3か月という診断を受け、女優の道を一度手放し、家庭を優先する決断をします。
その後、二人の子どもを育てながら夫を支えてきた河合盛恵さんですが、2005年に六代目尾上松助さんが59歳で急逝。女で一つで二人の子供を育て上げます。
当時、二代目尾上松也さんは20歳、妹の春本由香さんは13歳でした。夫である六代目尾上松助さんを亡くし、歌舞伎界での後ろ盾を失った母・河合盛恵さんは、当時の過酷な環境や苦しさについて、次のように語っています。
「父親がいないということは後ろ盾がなくなるということ。具体的に申しますと、キャスティングに影響のある幹部俳優に意見が言える人がいないということです。いいお役がつかないと、新規のファンがつかず、チケットも売れない。チケットが売れないと人気がないとみなされ、いいお役がつかない。堂々めぐりになるんです」
引用元:NEWSポストセブン
と語り、二代目尾上松也さんが、多方面で活躍するまでの道のりは、決して平坦なものではなかったといいます。父・六代目尾上松助さんを若くして亡くし、歌舞伎界での「後ろ盾」を失ったことは、当時20歳だった二代目尾上松也さんにとって、大きな試練となったといいます。
そんな逆風の中でも、二代目尾上松也さんは決して諦めずミュージカルやテレビドラマの世界にも果敢に挑戦。「歌舞伎役者」という枠にとらわれず、自分の存在を多くの人に知ってもらうため、努力を重ねました。
そして、その歩みの裏には、母・河合盛恵さんの存在がありました。元新派女優としての経験を活かし、表には出ずとも衣装の準備や楽屋での世話、人間関係やスケジュール調整に至るまで、まさに“影の支え”として二代目尾上松也さんを全面的にサポート。
二代目尾上松也さん自身も「母の支えなしには一門を背負うことは難しかったと」と語るほど、母子の間には深い信頼関係が築かれていたことがうかがえます。
信頼と覚悟に裏打ちされたその絆こそが、数々の苦境を乗り越えさせたのかもしれません。“梨園”という伝統としがらみのなかで、自らの力で評価を勝ち取ってきた二代目尾上松也さん。その背景には、静かに見守り支え続けた母の愛情と、二人で築き上げてきた年月が、今の二代目尾上松也さんの大きな支えとなっているのではないでしょうか。
妹:春本由香
引用元:SHOCHIKU ENTERTAINMENT
新派女優・春本 由香(はるもと ゆか)さんは1992年12月21日東京都生まれ、32歳(2025年7月現在)、本名は井上 真由香(いのうえ まゆか)。二代目尾上松也さんの妹にあたります。
春本由香さんは、華やかな芸能一家に生まれながらも、自分の道を地道に切り拓いてきた女優です。歌舞伎という特殊な環境の中で育ち、幼い頃から芸事に親しんでいました。しかし、女性は歌舞伎の舞台に立てず、名跡を継げないという現実を前に、兄の背中を羨望の眼差しで見つめながらも、自分の表現の場を模索する日々が続いたといいます。
また、中学・高校時代にはモデルとして活動を始め、堀越高等学校の芸能コースに進学後は、ミュージカルなどのオーディションにも積極的に挑戦。高校卒業後は歌手を目指し、ライブハウスでアニメソングをカバーするなど、音楽活動を通して舞台への情熱を育んでいきます。
転機となったのは、兄・二代目尾上松也さんが出演していたミュージカル『エリザベート』に、付き人として関わったことでした。現場で間近に見たプロの舞台、そして懸命に演じる兄の姿に強く心を動かされ、女優を志す決意を固めたといいます。
その後、母の勧めもあり、2016年1月に新派の大御所・二代目 水谷八重子さんの部屋子として入団を決意。同年9月、新橋演舞場での新派特別公演にて、『婦系図』の妙子役で女優デビューを果たします。
すりの万吉役で共演する尾上松也さんは「やりたいことがあってもうまくいかなかったので、ようやく自分の道が見つかってうれしい。常に向上心ある役者になってほしい」とエールをり、春本由香さんは「兄は尊敬できる1番の目標。いつも一緒にいた人なので、安心できるけど、緊張します」と、同じ舞台人としても信頼し合う関係が築かれています。
兄とはまた違ったフィールドで、“女性ならではの表現”を大切にしながら役と向き合う春本由香さん。その芯のある志と、積み重ねてきた経験に裏打ちされた演技力は、これからの新派を支える存在として注目を集めています。
自分らしい芸を追求する春本由香さんの姿には、気高く凛とした美しさと、次代を切り拓く力強さが感じられます。これからのさらなる活躍に、ますます期待が高まります。
叔父:初代 大谷桂三
引用元:Facebook
歌舞伎役者・初代 大谷 桂三(しょだい おおたに けいぞう)さんは1950年6月11日東京都中央区銀座生まれ、75歳(2025年7月現在)、二代目尾上松也さんの叔父にあたります。
初代 大谷 桂三さんは、安定感と品格を兼ね備えたベテラン歌舞伎俳優として、長年にわたり舞台を支えてきた名優です。1956年1月、新橋演舞場『雨乞妻』で初舞台を踏み、わずか3年後の1959年2月には、『二代目尾上松緑』の部屋子となり、『初代 尾上松也』を襲名。
その才能は早くから注目され、十一代目 市川團十郎さんの襲名披露公演『鏡獅子』では、後の九代目 市川團蔵さんとともに胡蝶を舞う名子役としても活躍したといいます。
さらに、甥である二代目尾上松也さんと共演した際には、舞台を通じて築かれた二人の深い信頼関係が感じられる場面もありました。そのときの心境について、二代目尾上松也さん自身が後にブログで綴っており、思わず胸が熱くなるほど、当時の想いが伝わってきます。
今月は叔父の大谷桂三と楽屋が一緒です。
久しぶりの相部屋というより、久しぶりの共演です。
「男性の肉親は皆役者」といったケースは多々みられますが、僕の場合は、七年前に父を亡くした後、歌舞伎界に居る肉親はこの叔父だけです。
なかなか一緒の座組にならないだけに、叔父に会うとちょっとした安心感を覚えます。なんとなく心強いという感じかな。仕事場であれば尚更ですね。
引用元:松也日記 by Ameba
と思いを語り、ただの“叔父”以上の存在として、初代 大谷桂三さんを頼り、時に父のように感じている想いがに伝わります。父・六代目尾上松助さんを20歳で亡くして以降、歌舞伎の世界でたった一人の肉親となった叔父の初代 大谷桂三さんは、二代目尾上松也さんにとって心の支えであり、芸の道を歩むうえでの指針となっていたのかもしれません。
その後、初代 大谷桂三さんは舞台外でも歌舞伎の継承に情熱を注ぎ、『慶應義塾大学歌舞伎研究会』に講師として25年間携わり、学生への指導に力を注ぎました。さらに、2008年にはイギリスのチャールズ3世(当時皇太子)・カミラ夫人の来日に際し、学生による歌舞伎披露を陰から支えるなど、文化外交の一端を担う重要な役割を果たしました。
初代 大谷桂三さんは、ただの名脇役ではなく、舞台と次世代の双方を支えてきた真の芸の継承者。その穏やかな人柄と揺るぎない芸への姿勢は、これからも多くの人の記憶に残り続けることでしょう。
尾上松也の学歴・経歴
野球好きとしても知られる尾上松也さんは、父の影響を受けて『読売ジャイアンツ』の大ファンだといいます。小学生の頃は軟式の少年野球チームに所属し、学校や歌舞伎座へ行く際にも、いつも鞄にグローブとボールを入れて持ち歩いていたそうです。
現在も野球への情熱は変わらず、歌舞伎役者や大道具スタッフらと共に草野球チームに所属。かつては、十代目松本幸四郎さん(当時七代目市川染五郎)率いる“アダルトチーム”と、尾上松也さん率いる“ヤングチーム”が東京ドームを貸し切り、夢のような対戦を繰り広げたこともありました。
- 小学:青山学院初等部
- 中学:中央区立銀座中学校
- 高校::堀越高校
また、俳優の生田斗真さんとは、堀越高校時代の同級生で、当時は互いの家を頻繁に行き来するほどの親しい関係だといいます。多忙な学生生活の中でも気を許せる存在だったことがうかがえます。また、一学年上には二代目中村七之助さんや嵐の松本潤さんも在籍しており、ホームルームの授業で接点が多かったことから、自然と交流が深まっていったようです。
同じ芸能界という特殊な世界で青春を共に過ごした彼らとの関係は、今も変わらぬ交流があり、公私にわたって支え合う大切な存在なのかもしれません。
またその後の経歴は以下になります。
- 国立劇場特別賞(1991年)
- 国立劇場特別賞(1993年)
- 歌舞伎座賞(1993年)
- 国立劇場特別賞(1996年)
- 第11回 日本映画批評家大賞・新人賞(2001年)
- ネイルクイーン2014メンズ部門(2014年)
- 第37回 松尾芸能賞新人賞(2016年)
- 第33回 浅草芸能大賞新人賞(2016年度)
また、端整な容姿と、涼やかでよく通る声を武器に、2014年6月にはコクーン歌舞伎『三人吉三』でお坊吉三に抜擢。共演の六代目中村勘九郎さんや二代目中村七之助さんと共に、連日立ち見が出るほどの話題作となり、役者としての実力を広く知らしめました。
その後はバラエティー番組にも多数出演し、親しみやすい人柄で一般層からの支持も獲得。2014年12月には『NHK紅白歌合戦』のゲスト審査員も務め、国民的知名度を得るに至ります。
20歳で父・六代目尾上松助さんを亡くしてから、歌舞伎の枠を越えて舞台やドラマに挑戦し続けたその努力が、ようやく実を結び始めた年だったのかもしれません。
これらの受賞は、芸への真摯な姿勢と絶え間ない努力の証であり、二代目尾上松也さんがいかに歌舞伎界、ミュージカルやドラマでも幅広く貢献し続けてきたかを物語っています。今後のさらなる活躍にも、大きな期待が寄せられています。

二代目尾上松也さんが『一般社団法人 日本キャンドル協会』の理事になったって噂、ほんとかな?

2020年のコロナ禍でステイホームが続いたときに、キャンドルとお香にハマったみたいだよ。それがどんどん本格的になって、自宅にはなんと100個以上のキャンドルを集めちゃったらしいよ!それが話題になって、2021年7月には『一般社団法人 日本キャンドル協会』の理事に就任したんだって!趣味が高じて理事になるなんて、ほんとすごいし、夢あるよね!
【画像】尾上松也の結婚相手への条件は?野村彩也子との関係は?
尾上松也の結婚相手への条件は?
引用元:@BAILA
「結婚はもちろんしたい」と語る尾上松也さんは、家庭を築くことに強い憧れを抱いています。芸の道をひたむきに歩み続ける一方で、結婚への思いは年々募っているようです。
その中で二代目尾上松也さんが結婚相手に求める「譲れない条件」が二つあると語ったのは、バラエティ番組『モモコのOH!ソレ!み~よ!』に出演したときのことでした。
一つ目は、「高校時代の仲間との相性」。学生時代からの友人たちを「ほぼ家族のような存在」と語る尾上松也さんにとって、大切な人間関係を理解し、自然に馴染んでくれる相手こそ理想だといいます。
二つ目は「歌舞伎への理解」だといいます。尾上松也さんは「歌舞伎が中心になってきますので、歌舞伎にも少しは興味を持ってもらえる。この2点ですね」と語り、日々の生活の多くを占める歌舞伎界への関心を持ち、寄り添ってくれるパートナーの存在が、自分にとってどれほど大切かを明かしています。
歌舞伎という特別な環境で生きるからこそ、その理解と支えは、何よりも欠かせないものなのかもしれません。
どちらも一見ハードルが高く、実際に共演者から「難しいわそれ!」とツッコミが入る場面もありましたが、尾上松也さんにとっては人生を共にする相手に必要な、真剣な思いから出た言葉でした。
また、歌舞伎俳優としての多忙な日々が続く中で、結婚のタイミングを逃してしまったという思いもあるようです。「もし歌舞伎役者でなければ20代半ばには結婚していたかもしれない」と振り返る尾上松也さん。子どもが好きだという一面もあり、「早く家庭を築きたい」という願いは変わらず心にあるようです。
歌舞伎の道を大切にしながらも、温かい家庭を持ちたい。そんな思いに、尾上松也さんの真摯で誠実な人柄がにじむ結婚観が表れているのではないのでしょうか。
尾上松也と野村彩也子の関係は?
引用元:@BAILA 、Instagram
歌舞伎俳優としてだけでなく、舞台やドラマ、バラエティでも多彩に活躍する尾上松也さん。そんな彼の名前と一緒にたびたび話題にのぼるのが、TBSアナウンサーの野村彩也子さんです。野村彩也子さんといえば、かの有名な狂言師の家系である『野村萬斎』さんの長女です。
公式な発表こそないものの、二人の関係に注目が集まったきっかけは、2020年11月に放送されたバラエティ番組『ぴったんこカン・カン』での共演でした。
番組内では、尾上松也さんのグルメ企画に野村彩也子さんがアシスタントとして同行。終始和やかなムードだったものの、収録後にLINEの交換をしていたという報道が出たことで、一気に熱愛の噂が広まりました。
当時の尾上松也さんが「野村アナに交際を申し込むなら、まずは萬斎さんに好かれなくては」と周囲に語っていたというエピソードもあり、「真剣交際に発展するのでは?」と一時は注目を浴びました。
その後、目立った進展や公式な交際発表などはなく、現在のところ「親しい間柄ではあるものの、交際の事実は確認されていない」というのが実情のようです。
ただ、野村彩也子さんは狂言の名門・野村家に生まれた家系であり、尾上松也さんも歌舞伎界を背負う存在。もし本当に二人が結ばれることになれば、“伝統芸能界のビッグカップル”として、世間の注目を集めることは間違いないでしょう。
一方で、狂言師・野村萬斎さんが娘・野村彩也子さんのプライベートに対して非常に慎重だという話もあり、交際や結婚に至るまでの道のりは決して平坦ではないようです。尾上松也さん自身も、かつて「家柄のある相手に見合う自分でいたい」と語っていたことがあり、互いの立場や環境を思いやるからこそ、慎重な姿勢を貫いているのかもしれません。
今のところ、二人の関係は“良き友人”という枠を出ていないように見えますが、伝統を背負いながらも新しい風を吹き込む二人の未来に、どこか希望を抱いてしまうのも事実。今後の動向に、静かに注目していきたいところです。
尾上松也のプロフィール・SNS
引用元:LEE
プロフィール
- 名前:二代目 尾上 松也(にだいめ おのえ まつや)
- 本名: 井上 龍一(いのうえ りゅういち)
- 生年月日:1985年1月30日
- 年齢:40歳(2025年7月現在)
- 出身地:東京都中央区
- 血液型:O型
- 趣味:キャンドル・お香・映画鑑賞・舞台鑑賞・ディズニー
- 特技:野球・フットサル
- 所属事務所:松竹エンタテインメント
SNS

二代目尾上松也さんって、SNSやってるのかな?

調べてみたけど、本人の公式なSNSはないみたいだよ。その代わり、公式サイトでは舞台の情報や出演スケジュールが発信されているよ。人気者だからSNS始めたらあっという間にフォロワー増えそうだよね!